ミニガミッツのマンチカン

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追悼 立川談志師匠

今日は、本当に悲しく、見たくなかった、ニュースを目にしました。

2011年11月21日、喉頭がんのため、立川談志さん死去。75歳。

謹んで追悼の意を表させていただきます。

悲しい、本当に悲しい。

談志師匠は、僕の青春時代に最も影響を与えた人物です。

談志師匠の落語に、初めて触れたのは、高校1年生の頃でした。
当時は、ネタ番組といえば、NHKの爆笑オンエアバトルくらいしかありませんでした。
しかし、昨今のお笑いブームの立役者と言えるような人たちが、
テレビに出る、テレビで売れる、唯一のチャンスとして、
本当に、秀逸なネタをおしげもなく披露していました。
その影響もあってか、
僕は、お笑いが、漫才が、大好きな少年になっていました。

当時の僕は、
いっちょまえに、
今の若手の人たちのネタは、本当に面白い。
だけど、なんで彼らはオンエアバトルにしか出れないんだ。
おかしいぞ。
と思っていました。


漫才は本当に凄い。
たった2人の若い兄ちゃんの立ち話で、
腹の底から笑える。
なんて、凄い表現だ。
と思っていました。

漫才が、お笑いがどんどん好きになり、
いろいろなお笑いを見ていくうちに
僕はあることに気付きました。

日本には、伝統芸能で落語というものがある。
落語は、2人ではなく、1人で全部やる。
登場人物の演じ分け、監督、演出まで、全部1人だ。
確かに、漫才は、最高だ。
けれど、ひょっとしたら、
全部一人でやってしまう、落語という奴はもっと凄いんじゃないか?
日に日に、そう思うようになりました。

そんな、ある日、
僕は地元の図書館に行き、落語を見てみることにしました。
僕の地元の図書館には、ビデオルームというものがあり、
図書館の所有しているビデオを、
ビデオルームの中で、見ることができました。

田舎の小さな図書館でしたが、
古今亭志ん朝、三遊亭円楽、桂米朝、桂枝雀・・・
たくさんの、落語のビデオがありました。
そんな、中で僕が初めて手に取ったのは、

「立川談志 古典落語特選3~芝浜~」

選んだ理由は、単純でした。

①談志師匠は当時、オンエアバトルの特別審査員をしていた。

②1と2は、貸し出し中だった。

落語っていうやつは、どんなもんかな?
爺や婆が見るような、
クソつまんない話をやるんじゃないだろうな。
そんな、思いを抱きつつ、僕はビデオルームに行きました。

70分後には、
涙が止まらず、恥ずかしくてビデオルームから出ることが出来ない自分がいました。
なんか、今田さんの芸人交換日記の帯みたいだな。

ああ、僕は大きな勘違いをしていた。
若手漫才師が、
今最も最先端で、
最高に面白いと思っていたが、
誤っていた。

落語家という、とんでもない人たちがいる。
彼らは、みんなこんなことが、
こんな表現が出来るのか、
70分間、たった一人で観客を多いに惹き付け、多いに笑わせ、最後はしっとり、泣かせる。
とんでもないぞ、落語家。
もの凄いぞ落語家。
落語家スゲー!!!

最初に見た、たった一つのビデオテープで、
完全に心を奪われ、
これからは、漫才じゃない。落語だ。
と、僕は興奮したまま、図書館を後にしました。

しかし、とんでもなく大きな勘違いでした。

随分といろんな落語を聴くようになって、気が付きました。

これが、出来るのは、「落語家」ではなく、「立川談志」のみだということに。

あれ、談志の芝浜に出て来る、女将さんと、他の落語家さんがやる、女将さんは全然違うぞ。
なんだか、鼻持ちならない感じがするぞ。
あれ、談志の粗忽長屋に出て来る、粗忽者と、他の落語家さんがやる、粗忽者は、全然違うぞ。
あれ、談志の松曳きに出て来る、殿様と、他の落語家さんがやる、殿様は、全然違うぞ。
あれ、談志のらくだに出て来る、らくだと、他の落語家さんがやる、らくだは、全然違うぞ。
ぱれ、談志のらくごと、他の落語家さんがやる、らくごは、全然違うぞ。

そして、一つの結論に達しました。

とりあえず、落語は談志師匠さえ、押さえておけば良いな。
だけど、談志師匠の落語だけは、何があっても、生で見ておかないと、
後で、一生後悔する。

高校生の僕は、
「このジジイのケツだけは、常におっかておかなけなければならない。」
そう判断しました。

高校生の頃は、お小遣いも少なく、あまり落語を聴きに行けませんでした。
けれど、大学時代のバイト代は、ほとんど、落語を見るために使っていました。

地方に住んでいるため、地元で、談志師匠を見られる機会は年に数回しかありませんでした。
しかし、今、ここで、談志師匠を見ておかなければ、
絶対後悔するし、
絶対に後で、わけわかんない爺に
「どうせ、お前みたいな若造は、談志を生で見てないんだろう。」
と、言われると、勝手に思っていました。

だから、なけなしのバイト代で、何度も東京の独演会に行き、談志師匠の落語を見ました。

今、考えると、時間だけは余裕があった、大学時代に、良い時の談志師匠を、生で見ておいて
本当に良かった。

らくだ、芝浜、鼠穴、文七元結、笠碁、死神、松曳き、ガマの油、子別れ、鮫講釈、鉄拐、天災、へっつい幽霊、やかん、夢金、木乃伊取り、粗忽長屋、ぞろぞろ・・・

本当にたくさんの演目を生で見ることが出来ました。

黄金餅、居残り佐平次、富久を生で見れなかったのは残念だったけれど、
師匠の生の落語を聴くことが出来て、
本当に良かったと思っています。

僕が見た、僕が聴いた、談志師匠の落語の凄さについて、
いずれは、このブログで、詳しく書くこともあると思います。


談志師匠は、落語だけじゃなく、さまざまな名言も残しています。

落語とは、人間の業の肯定である。

好奇心は死をも凌駕する。

学問は、貧乏人の暇つぶし。

努力とは、馬鹿に与えた夢。

そんな、数多くの談志師匠の言葉の中でも、僕が最も好きな言葉で、座右の銘にしている言葉が、

「ここに、壁があるだろ? この壁だって、簡単にすり抜けることが出来るんだよ。 麻薬やるとな。」

僕は、この言葉は、
ただのブラックジョークではなく、
談志師匠特有の、照れの入った、エールだと思っています。

どんなに、困難な状況でも、
視点を代えれば、考え方を変えれば、
解決する手段は必ず存在する。
だから、考えろ。
思考を停止するなと。

そういったことを、絶対に素直には言わない、
師匠特有の遠回しのエールだと思っています。

人生なりゆき

けれど、本当に困った時は、
師匠の言葉を励みに、
これからも、頑張っていきます。

本当にありがとうございました。

心からご冥福をお祈りしております。

沢山人沢山。

長いな。














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