ミニガミッツのマンチカン

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嫌われ西野、ニューヨークへ行く


どうも、沢山人です。
嫌われ西野、ニューヨークへ行く
今日は、本の紹介をしたいと思います。
本のタイトルは「嫌われ西野、ニューヨークへ行く」です。

僕は、中学生の頃から漫才が、若手芸人さんが好きです。
しかし、何年にも渡ってずっと活動を追いかけている若手芸人さんは実質2人しかいません。
西野君は、その2人のうちの1人なんです。
(西野君は僕よりも年上なので本来は西野さんと言うべきかも知れませんが、西野君は、君付けが似合うと思うので勝手に西野君と呼ぶことにします。)

ちなみに、もう一人は、ダイノジの大谷ノブ彦さんです。
なぜ、僕はこの2人が、好きなのか?
今回はその話をメインにしていきたいと思います。

世間一般的に見るとこの2人の共通点は、
「引く程に嫌われている」と言うことだと思います。

試しに、Google先生に、西野亮廣と入力してみると・・・
西野亮廣 - Google 検索
左上、分かりますかね?
他のキーワードは「西野亮廣嫌い」一択なんですよ。

世間は、西野君が嫌いなのです。

今回、「嫌われ西野、ニューヨークへ行く」が発売されると知ったときも、僕はまず、発売日に、本屋さんに足を運びました。

地元では、そこそこの規模を誇る、あおい書店と鎌倉文庫に足を運び、書店員さんに
「嫌われ西野、ニューヨークへ行くはありますか?」と聞いたんですけど、
返って来た答えは、いずれも「入荷の予定はありません。」でした。
そうです。西野君は書店員さんにも嫌われていたのです(語弊があったらすみません。西野ファンの皆さん、ここで、ブログを読むのを諦めないで!この後、ガンガン西野君を誉めていくから。僕は本当に西野君が好きなんですよ!)。

仕方がないので、「グランゾート!」を呼び出して、
あっ、間違えた「アーマーゾーン!」

を呼び出して、ポチッとな!をして購入に至ったわけです。
なので、まだ、購入されていない西野ファンの皆さん、
本屋さんには売ってない可能性が高いですよ。
購入の際は、是非とも下記をポチッとな!して下さい。


話がそれてしまいましたが、なぜ、僕が西野君のことが好きなのか?
それを話していきたいと思います。

なぜ、僕が西野君のことが好きなのか?
そして、僕はなぜ西野君のことを追いかけているのか?

理由は、簡単です。
「それは、西野君が、
僕からみて、最高の作品を作り上げる才能は、なさそうに見えるにも関わらず、
最高の作品を作ると宣言し、日々多大な時間を費やし、作品を作り続けているから」です。

誤解が生まれやすい言い回しなので説明をさせて下さい。
上記でだけでは、僕がなぜ西野君が好きなのか、伝わらないんじゃないかと思うのです。

世の中には、誰にも等しく平等なものがあります。
それは、「時間」です。
世界の誰に対しても、時間は平等で、1日24時間です。

しかし、世の中には平等でない物もあります。
それが「才能」です。
特に顕著に表れるのが「芸術」と「スポーツ」の分野だと思います。

例えば、日本人全員が、向こう100年、100m走に対して、日々のたゆまぬ鍛錬を続けても、
ボルト選手の記録を抜ける日は来ないのではないでしょうか?

だからこそ、「芸術家」と「スポーツ選手」は、
誰もが憧れる存在なのではないかと思っています。

ただ、矛盾しているようですが、
「芸術家」と「スポーツ選手」は誰もがすべからく、
最初から、頂点だったわけではなく、日々のたゆまぬ努力よって、頂点に立つ者が現れるというわけなんですよ。

「芸術」と「スポーツ」が素晴らしいのはそこなんです。

そして、「芸術」と「スポーツ」が憎悪の対象になるのも、正にそこなんです。

「自分の才能」がどこまでの物かは、誰にも分からない。
人間に持たされた、唯一平等で、最も大切な「時間」を全て「無駄」にしてしまうかもしれない。
けれど、大成する人は、すべからく時間をかけ続けているため、やらないとどんどん差がついてしまう。

西野君は、僕が端からみるとそれ程、才能があるようには見えません。いや、才能はあると思いますよ。
NSC在学中に漫才で賞を取り、小説を書き、演劇を書き、絵本も描いている。
僕は、それをほとんど確認していますが、
成績表で言うなら、芸人「オール5」と言った感じじゃないでしょうか?
この発言だけだと説得力に欠けるので、いずれは個々の作品に対しても感想を書いていきたいです。
でも、世間が本当に好きなのは、残念ながら、5じゃないんですよ。9であり、10なんです。

5は凄いことです。でも、残念ながら「芸術」・「スポーツ」の世界ではあまり価値がないんですよ。5が集まって競い合った集団の中での5、「9であり、10」にこそ価値がある。

現時点では、世間から見ると5、6の才能に映る西野君が、常々「俺は、9、10を作る」と言っている。
だから、世間から嫌われてるのではないかなと思います。

そして、世間の「お前はまだまだ大したことがない。」という評価は、色々と、西野君の作品を確認している僕自身も、実は、あながち間違ってはいないなと思っています。

今回、紹介している本
「嫌われ西野、ニューヨークへ行く」は
西野君が何年にも渡って書き続けて来た、絵本の原画展をニューヨークで開催する至った、
経緯と結末が描かれています。

絵本は面白いです。けど、やっぱり、最高に面白くはないんです。

結果を見ても、やっぱり、まだまだ「絵本のエネルギー」が「世間」に届いているとは言えない状況かなと感じるわけです。

絵本作家としてのにしの君の影響範囲のほとんどは、人気芸人、キングコング西野亮廣の中に収まってしまっているなと感じるわけです。

絵本業界において、数万部の売り上げというのは凄いことだと思います。しかし、西野君のタレントとしての知名度を考えると、やはり、まだ、他の芸能人作家と同様に、芸人 西野亮廣の影響下を飛び越えていないのではないかなと思います。

つうか、西野君の作品も含めて、僕には絵本で最高の感動を味わった体験がないんですよ。

確かに凄いんですが、西野君が膨大な時間をかけたという事実が、絵の緻密さが凄いのであって、作品自体が持つパワーが膨大な制作時間を上回る物になっていないと感じるわけです。

才能に価値があるのは、凡人の膨大な時間を遥かに凌駕してしまうからなんです。

けれど、やっぱり、西野君の作品には、どうしても膨大な時間の方に目がいってしまう。

僕は見てみたいんですよね。
最初、端からみて「才能がない」ようにみえた西野君が
膨大な時間、熱量、行動力によって「才能」に生まれ変わる瞬間を。

時間をかけるってのは、何よりも勇気がいることです。
というより、本当に好きじゃないと出来ないんですよ。
「芸術」や「スポーツ」をやるのに、
「自分にその才能があるか?」という観点だけでは続かないと思います。
やっぱり、「好き」じゃないと。
けれど、やどんなに「好き」だと思っていても、やっぱり「才能」がないと、続けたくなくなるじゃないですか?
「好き」なんて感情は、ある種の幻想ですからね。
自分が10年かけて作ったものを他人に3時間で抜かれたら。続けたくなくなるじゃないですか?

けれど、西野君には迷いがないんです。
確実に作り続けてくれるんですよ。
「才能がある」と信じて、世間をギャフンと言わせる作品を作り続けてくれるんですよ。
だから、僕は追い続けようと思うわけです。
いつか、本当に凄いものを作ってくれるんじゃないかと思うわけです。

いつの日か、西野君が本当に凄いものを作ったとき、
嫌われ西野から「嫌われ」がとれるんじゃないかと思いますね。
今は、大多数の人から見て、作品と言動が一致してないわけですから。
しかし、世間は正直なものですよ。
簡単に手のひらを返すはずです。

そして、西野君が、最後まで本当に凄い物を作れなかった時は、
僕も、世間や2ちゃんねらーと一緒に
「やっぱり、才能がないといくら時間使ったってダメだな。」
と悪口を言おうと思います。

どっちにしたって、西野君を追いかけて損はないのです。

9月8日の「ドーナツ博士とGO!GO!ピクニック」名古屋公演も観に行きますよ〜!

頼みますよ西野先生!期待!期待!期待!

大事なことなので、3回言いました。

あんまり本の紹介にならなかったな〜。














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